「議論を攻撃する」「主張を支える」のような表現は、文全体では自然に読めても、一部の語だけが基本的な意味から離れています。比喩をデータにするには、文章を丸ごと「比喩あり」と分類するだけでは、どの語のどの意味が判断の根拠になったのか分かりません。
VUA Metaphor Corpusは、実際に使われた英語を語彙単位ごとに調べ、比喩に関係する語とその現れ方を記録したコーパスです。ここでは、元コーパスの制作工程と、そこから作られた2018年の共有タスク用データを分けて見ていきます。
4ジャンルの比喩を同じ手順で比較する
VUA Metaphor Corpusは、どのような比喩が、どの形式、談話状況、レジスター、目的で使われるかを調べるために構築されました。素材はBritish National Corpusの縮小版であるBNC-Babyから選ばれた、学術文書、会話、小説、新聞記事です。特定の概念メタファーや目立つ表現だけを検索するのではなく、4ジャンルを同じ方法で網羅的に調べる設計です。
Krennmayr and Steen (2017)によると、完成した元コーパスは186,695語です。共有タスク論文では、元データを構成する断片を117件とし、ジャンル間の語数はおおむね同程度ですが、断片数は学術16、会話24、小説14、ニュース63と異なることが報告されています。
MIPVUは一語ずつ意味を比較する
判定には、Metaphor Identification Procedure Vrije Universiteit、略してMIPVUが使われました。作業者は印象で「比喩らしい」と決めるのではなく、次の順序で各語彙単位を確認します。
- テキスト全体を読み、文章が伝えている内容を把握する。
- 分析する語彙単位を区切る。
- 前後の文脈を含め、その語が当該箇所で表す意味を決める。
- 別の文脈で、より具体的、身体動作に近い、または精密な現代語の基本義があるかを辞書で調べる。
- 文脈義と基本義が対照的であり、基本義との比較によって文脈義を理解できるか判断する。
- 条件を満たせば、間接的な比喩に関係する語として記録する。
基本義は最頻の意味とは限りません。またMIPVUは現代の言語使用を対象とするため、語源的には具体的でも、現在の辞書にその意味が残っていないという理由だけでは比喩にしません。主にMacmillanとLongmanの学習辞書を参照し、それだけで決められない少数例ではOxford English Dictionaryも使われました。
文章単位ではなく語彙単位で判定するのは、一文の中に文字どおりの語と比喩的な語が共存するからです。また、基本義との対照は語ごとに異なります。VUAでは前置詞や指示詞も対象であり、内容語だけを見ていたのでは捉えられない比喩も記録されました。
間接的な比喩だけではない
MIPVUは、文脈義と基本義が対照する間接的比喩に加え、別の形も区別しました。
- 直接的比喩:「彼はフェレットのようだ」のように、語自体は基本義で使われながら、別領域との直接比較を構成するもの。
- 暗黙的比喩:直前の比喩表現を代名詞などで受け、表面上は基本義との対照がなくても、談話上の結束関係から比喩的意味を引き継ぐもの。
- 比喩シグナル:like、as、接尾辞のような一部、複数語にまたがる表現など、直接比較を示す手掛かり。
- 可能性のある擬人化:組織などが人間の行為をする例で、比喩と換喩の両方に読めるもの。
さらに、比喩と非比喩の両方が成立する例にはWIDLII(When In Doubt, Leave It In)という境界例の状態を付けました。作業中の迷いを示すUNCERTAINも使われましたが、これは相互点検を促す一時的な印で、最終版では除かれています。単純な二値ラベルだけでは、直接比較、照応による暗黙性、擬人化と換喩の競合、文脈不足による境界例が同じ「比喩」に畳み込まれてしまいます。
複数語表現では分析単位を先に決める
MIPVUでは、語彙単位が品詞の境界をまたがないようにするという原則を置き、句動詞、複合語、polywordなどには一単位として扱う規則を設けました。直接比較を示すシグナルについても、1語、語の一部、複数語という範囲を区別し、離れた要素には対応するIDを付けています。
これは、比喩ラベルの前に「何を一件として判定するか」を確定する必要があることを示します。分割方法が作業者ごとに違えば、意味判断が一致していてもラベル位置がずれ、評価上は不一致になります。
4人の独立判定を相互点検し、グループで調整した
コーパス制作は2年間にわたり、英語・言語学を背景とする博士課程学生が担当しました。1年目は4人で開始し、2年目に2人が交代しています。新任の2人は、約1週間、すでに正解のあるテキストを共同で判定して旧チームの結果と比較し、経験者へ質問しました。2週目から個別作業へ移り、3か月後に信頼性試験を受けています。
本番では、1人が割り当てられた断片を語ごとに判定し、完了後に他の3人が全文を確認しました。不一致や疑問は学内の議論サイトにコメントし、4人とグループリーダーの会議で調整します。修正内容と日付は記録され、長い議論を要した事例は、品詞、基本義、辞書、文脈義、判定、コメントを含むデータベースへ登録されました。この判断事例集は最終的に1,180件になりました。
開発初期の試験で手順の不足が見つかった後、独立判定による5回、合計6,659語の信頼性試験が分析対象となりました。4人のFleissのκの平均は0.85、全員一致は平均92.5%です。ただし、この一致度は比喩関連か否かの上位区分について計算され、直接・間接・境界例など細分類の一致度ではありません。
完成後には、句動詞、複合語、polyword、境界例、文脈不足で除外した語、比喩シグナルを再点検しました。暗黙的比喩が体系的に十分記録されていないことも判明したため、手順を明文化し、4人がコーパスのおよそ4分の1ずつを見直しています。相互点検だけでなく、問題になりやすい区分を最後に横断検査した点が品質管理の要です。
2018年共有タスクでは二値分類へ変換された
2018年VUA Metaphor Detection Shared Taskは、元コーパスそのものを新たに制作した研究ではありません。117断片の各ジャンルから23%をテスト用に取り分け、残りを訓練用にし、語単位の自動検出を比較したものです。
| 共有タスクの対象 | 訓練 | テスト |
|---|---|---|
| 全内容語 | 90断片・72,611トークン | 27断片・22,196トークン |
| 動詞のみ | 90断片・17,240トークン | 27断片・5,873トークン |
全内容語トラックの対象は名詞、動詞、形容詞、副詞で、be、do、haveの各形は除外されました。元コーパスの階層的な注釈から、metaphor-related wordに該当する内容語を1、それ以外を0とする上位区分だけを使っています。共有タスクはモデル比較には扱いやすい一方、元データにある比喩の種類、シグナル、境界状態、機能語の情報は評価ラベルへ反映されません。変換スクリプトとタスク資料は公式リポジトリで公開され、元コーパスはZenodoのVUAMC配布ページから確認できます。
日本語では形態素IDと判定範囲を分けて持つ
日本語で同様のデータを作る場合、最初に形態素解析結果を固定し、表層形、原形、品詞、文ID、形態素IDを保存したうえで、人が判定する範囲を別に持つ方法が考えられます。複合名詞、複合動詞、サ変名詞と「する」、補助動詞、慣用表現を常に一形態素へ押し込むのではなく、複数の形態素IDを一つの語彙単位として束ねられる構造にします。
作業画面では、対象範囲、文脈義、現代語としての基本義、参照辞書、両者の対照、比喩区分、迷いの理由を別項目にします。直接比較、照応による暗黙性、擬人化、慣用化した表現、判定不能を二値ラベルの前に残せば、後から研究目的に合わせてラベルを統合できます。練習データ、独立判定、相互点検、調整会議、判断事例集、問題区分の横断検査までを一続きに設計することが、語彙単位の細かさを品質へつなげます。
RESEARCH DATA SUPPORT
比喩や慣用表現を語彙単位で判定する日本語データをご相談いただけます
株式会社イングクラウドでは、形態素と複数語表現の単位設計、文脈義・基本義の記録、比喩区分と境界例のアノテーション、複数作業者による相互点検まで支援しています。研究上の問いを、作業者が一件ずつ判断できる提示情報、回答項目、調整手順、検品基準へ落とし込む段階からご相談いただけます。
