日本語学習者の発話を一度だけ収録しても、そこで見つかった表現が一時的なものなのか、その人が繰り返し使うものなのかは分かりません。複数の習熟度群を同時に比べるだけでは、初級者がどのような過程を経て表現を獲得したのかも追えません。

同じ学習者へ数か月ごとに話してもらえば、使える語彙が増える過程、以前は使えなかった文法が現れる時期、いったん使えた表現が再び不安定になる様子まで記録できます。ただし、数年にわたって同じ人に参加してもらい、比較できる条件を保つ必要があります。

今回は、中国語・韓国語を母語とする6人を約3年間追跡したC-JASから、縦断的な会話データをどのように収集し、検索できるコーパスへ整えたのかを見ていきます。

本記事は国立国語研究所が公開するコーパスと構築報告書を紹介するものです。株式会社イングクラウドが当該調査やコーパス構築に関与したことを示すものではありません。

6人を日本語学習初期から約3年間追跡した

C-JAS(Corpus of Japanese as a Second Language)は、日本で日本語を学んでいた特定の学習者を継続的に調査した発話コーパスです。文法習得の研究を目的として、1991年7月から1994年3月まで会話データが収集されました。

参加者は、中国語母語話者3人と韓国語母語話者3人の計6人です。中国語母語話者は3人とも女性、韓国語母語話者は女性1人、男性2人でした。調査期間中の年齢は18~28歳です。

6人は全員、日本国内の教室環境で学ぶ学習者でした。最初の1年間は同じ日本語学校で同時期に初級から学び、共通して『日本語初歩』を使用しています。2年目以降は大学、短期大学、専門学校、別の日本語学校など、それぞれ異なる進路へ進みました。

最初の学習環境をある程度そろえたうえで、その後の環境が分かれてからも同じ参加者を追跡したことが、C-JASの特徴です。

3~4か月ごとに約60分の会話を収集した

調査は日本語学習開始から約3か月の時点で始まり、3~4か月ごとに計8回実施されました。基本的には1人につき8回、各回約60分の対話です。

ただし、すべてのデータが完全にそろっているわけではありません。中国語母語話者C1の第2期データが欠けているため、6人×8回の48本ではなく47本です。また、韓国語母語話者K1の第2期は約30分となっています。

現在のC-JASデータ概要では、全47本、合計約46時間30分、約57万語とされています。2014年の構築報告書の冒頭には48.5時間・約87万語という異なる数値もありますが、公開サイトと2021年版データ概要では46時間30分・約57万語に統一されています。

自由会話でも各時期に共通の話題を置いた

各回は日本語母語話者との自由会話ですが、何を話すかを参加者任せにしたわけではありません。調査時期ごとに、全参加者に共通する話題が設定されました。

調査時期 共通の話題
第1期 小・中学校の先生の思い出
第2期 留学1年を振り返って
第3期 私の日本人の友達
第4期 私の学校生活
第5期 日本人について
第6期 休日の過ごし方
第7期 日本の衣食住について
第8期 日本での3年間を振り返って

台本を読み上げる課題ではないため、参加者は自分の経験や考えを自分の日本語で説明します。一方、各時期に共通話題を置くことで、参加者ごとに会話内容が完全にばらばらになることを防いでいます。

ただし、8回すべてで同じ話題を繰り返したわけではありません。話題そのものが時期によって異なるため、第1期と第8期の語彙や文法の差には、習熟の変化だけでなく、話題の違いも影響します。

同じ話者IDで学習環境の変化まで結び付ける

C-JASでは、中国語母語話者をC1~C3、韓国語母語話者をK1~K3として、同じ学習者の各時期を識別できます。これにより、第1期に現れた表現が第4期、第8期でどのように変わったかを話者単位で追跡できます。

さらに、各学習者が日本語学校、大学、専門学校、アルバイトなど、調査期間中にどのような環境へ移ったかも記録されています。単純に「学習期間が3年になった」と扱うのではなく、日本語を使う場面の変化と発話の変化を対応させて検討できる設計です。

一方、学習時間、授業内容、日本語を使った時間などが毎回同じ尺度で定量化されているわけではありません。進路情報から学習環境の違いは分かりますが、言語発達の原因を一つの要因へ絞ることはできません。

発話の交替、重なり、あいづちを残して文字化した

文字化データでは、日本語母語話者をN、日本語学習者をLとして区別し、学習者、調査時期、発話順、発話者を組み合わせた発話番号を付けています。

会話は書き言葉の「文」に区切らず、話す主導権が交替したと判断されたところで改行します。あいづちは相手の発話中のおおよその位置へ挿入し、発話の重なりは、短い場合は相手の発話内へ、長い場合は別の発話として記録します。

長音、ポーズ、上昇イントネーション、笑いなどの非言語行動、聞き取り困難な部分も記号で区別します。また、通常と異なる発音や縮約形は、聞こえた形を残しながら、文脈から推定される語を補足します。例えば、学習者が「しゅーじん」と発音した場合に「主人」という対応を残せる設計です。

既存の文字化データを検索用コーパスへ変換する際には、表記と記号を統一するため、音声を再確認して修正しています。その後、MeCabとUniDicによる形態素解析を行い、「中納言」で語彙素や品詞を指定して検索できるようにしました。

誤りを決める前に実際の発話を残す

2014年の構築報告書では、学習者の文法・語彙・発音などに誤用タグを付ける方針が採られていました。しかし、何を誤用と判断するかは、文脈や分析目的によって変わります。

2021年にC-JASが「中納言」へ移行した際には、従来の誤用タグが削除され、I-JASと同じ体系のタグを付けて再解析されました。同時に、第三者の話者記号、個人情報の伏字、文字化ミスや文字化漏れも修正されています。

学習者データでは、最初から発話を正しい日本語へ置き換えてしまうと、学習途中に現れる言い方や発音の揺れが失われます。まず実際の発話を再現可能な形で残し、その後の分析層で誤用や変化を扱う必要があります。

継続収録では会話を重ねるほど個人を特定しやすくなる

自由会話には、学校、勤務先、知人、居住地などの情報が現れます。しかもC-JASは同じ人を約3年間追っているため、1回の会話だけでは特定できなくても、複数回の内容を組み合わせると本人へたどり着く可能性があります。

C-JASでは、個人名、学校名、会社名、店名、個人と関係の深い地名、宗教名などを分類記号へ置き換えています。固有名詞を伏せるだけでは保護できない談話は、該当する複数の発話自体を削除し、削除した発話数を文字化データへ記録しています。

長期調査では、話者IDを保って時系列を結び付けることと、複数回の会話から個人を特定されないことの両方を考える必要があります。

C-JASだけで音声認識AIの精度は評価できない

C-JASは日本語学習者の文法習得を研究するためのコーパスであり、音声認識AIの性能を比較したデータではありません。公式サイトで現在ダウンロード提供されているのは文字化テキストで、「中納言」でも文字列や形態論情報を検索します。公開ページには、音声ファイルのダウンロード方法や音声認識の正解データとしての配布仕様は示されていません。

そのため、C-JASをそのまま音声認識AIへ入力し、母語別や習熟段階別の誤認識率を測ることはできません。ただし、同じ参加者を継続して識別する方法、共通話題を置いた自由会話、実際の発音を残す文字化、学習環境と調査時期の管理は、非母語話者向け音声データを新たに作る際の参考になります。

音声AIの評価データを作る場合は、C-JASのような話者・母語・調査時期の情報に加えて、音声形式、マイク、収録場所、発話区間の時刻、正解転記、母語別・習熟度別の認識誤りを管理する必要があります。

6人の変化を母語全体の特徴にはできない

C-JASの参加者は6人で、中国語と韓国語の母語話者に限られます。全員が日本国内の教室環境で学び、最初の1年間は同じ日本語学校で同じ教材を使っていました。そのため、中国語母語話者や韓国語母語話者全体、日本国外で学ぶ人、就労を通じて日本語を身に付けた人へ結果をそのまま一般化することはできません。

一方、約57万語という総量だけを見るのではなく、6人それぞれの発話を約3年間つなげて読めることに価値があります。大人数を一度ずつ収録する横断調査と、少人数を繰り返し収録する縦断調査では、答えられる問いが異なります。学習者の変化を捉えるには、人数だけでなく、誰を、どの間隔で、何回追うのかを先に決める必要があります。

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株式会社イングクラウドでは、母語、学習歴、滞在歴、習熟度などの条件に基づく日本語学習者の募集、定期的な会話収録、話者IDと調査時期の管理、実際の発音や発話の重なりを残す文字化、個人情報処理、検品を支援しています。研究上の問いを参加条件、収録間隔、共通話題、アノテーション仕様へ落とし込む段階からご相談いただけます。

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