クラウドソーシングとは?言葉が消えても身近に残る仕組み

「クラウドソーシング」という言葉を、以前ほど聞かなくなりました。

インターネットを通じて仕事を依頼するサービスが注目された時期には、在宅ワークや副業とともに広く使われていました。現在は、AI、アノテーション、ギグワーク、オンラインBPO、Human-in-the-loopなど、別の言葉で説明される場面が増えています。

しかし、クラウドソーシングの考え方がなくなったわけではありません。大きな課題を小さな作業へ分け、離れた場所にいる多くの人へ届け、結果を集めて一つの成果へ変える。この仕組みは、現在のサービスやAI開発の中にも残っています。

この記事では、クラウドソーシングとはどのような仕組みだったのか、日常生活のどこに同じ発想が使われているのか、AIの普及によって人の役割がどう変わったのかを整理します。

クラウドソーシングは仕事を募集するサイトだけではない

クラウドソーシングは一般に、企業や個人がインターネットを通じ、不特定多数の人へ仕事や課題を依頼する仕組みを指します。

Webサイト制作を一人の専門家へ依頼する場合もあれば、数万枚の画像分類を小さな単位へ分け、多数の参加者へ依頼する場合もあります。アイデア、デザイン、翻訳、調査、文字起こし、データ入力、画像分類など、依頼されるものもさまざまです。

多数の人へ依頼すれば、自動的に一つの成果ができるわけではありません。実際には、少なくとも次の仕組みが必要です。

  • 大きな課題を、分担可能な作業へ分ける
  • 参加条件と作業方法を伝える
  • 適切な人へ作業を配る
  • 回答や成果物を回収する
  • 誤りや不正な回答を検出する
  • 複数の結果を統合し、一つの成果へまとめる

クラウドソーシングの中心にあるのは「たくさんの人を集めること」だけではありません。仕事を分解し、分散して処理し、品質を確認しながら再び統合する業務設計です。

現在は「人を探す仕組み」として見えることが増えた

現在、クラウドソーシングという言葉から、企業とフリーランスを結ぶ仕事のマッチングサービスを思い浮かべる人も多いでしょう。日本の代表的なサービスでも、専門的なスキルを持つ人材の検索、フリーランス人材の紹介、長期的な業務委託などが強く打ち出されています。

これも広い意味ではクラウドソーシングに含まれます。しかし、「適任者を一人探す仕組み」と「小さな作業を多数の人へ分配し、結果を統合する仕組み」では、業務の設計方法が異なります。

観点 タレントマッチング型 多数参加型
中心になるもの 人、専門性、経験 タスク、判断、処理量
依頼単位 案件、役割、契約期間 細分化された小さな作業
成果の作り方 個人またはチームが納品する 多数の結果を集めて統合する
品質の確認 経歴、面談、過去の実績など 事前テスト、一致判定、検品など
発注者が求めるもの 適切な人材や専門能力 完成した処理結果やデータ

人材マッチングは、従来の外注先探しをオンラインで効率化する仕組みです。一方、多数参加型のクラウドソーシングは、仕事そのものを分割・分散し、従来とは異なる方法で成果を作る仕組みです。

多数参加型では、単に人を集めるだけでは成果になりません。大きな仕事を分割し、参加者へ手順を伝え、結果を回収し、品質を確認しながら一つの成果物へ戻す必要があります。この点では、人間の知覚や判断を問題解決の仕組みに組み込む「ヒューマンコンピュテーション」と重なる部分があります。

株式会社イングクラウドが長く扱ってきたのも、どちらかといえば後者です。人材を一人紹介して終わるのではなく、多数の参加者による作業を設計し、結果を集め、品質を管理して、データや成果物へまとめてきました。

現在は、このような仕事がクラウドソーシングではなく、データ収集、アノテーション、人手評価、Human-in-the-loopなどの言葉で説明されることも増えています。言葉の使われ方は変化しても、人の判断を分散して集め、統合する仕組みは残っています。

Googleマップの渋滞情報にある共通の発想

Googleマップで、赤く表示された道路を避けた経験がある人は多いでしょう。では、Googleは道路が混んでいることをどのように把握しているのでしょうか。

Googleマップでナビゲーションを利用すると、GPS位置、通った経路、端末のセンサー情報などが収集され、単独または他の利用者の情報と組み合わせて、渋滞、到着予測、経路の提案などに利用されます。

Googleマップ公式ヘルプ「How navigation data makes Maps better for everyone」

一人の移動記録だけでは、道路全体の状況は分かりません。しかし、多数の端末から得られる情報を集約すれば、地域の交通状況を推定できます。個々の小さな情報を集め、個人では作れない成果へ変える点は、クラウドソーシングと共通しています。

ただし、利用者へ「渋滞を調べてください」と明示的に仕事を依頼しているわけではありません。このように、人が持つ端末から位置やセンサー情報を集める仕組みは、クラウドソーシングよりも「クラウドセンシング」や「モバイルクラウドセンシング」と呼ぶほうが正確です。

災害時に公開される「通れた道」

日本で身近な例として、自動車メーカーなどが災害時に提供する道路通行実績情報があります。

トヨタ自動車の「通れた道マップ」は、同社のテレマティクスサービスを利用する車両から収集したプローブ情報をもとに、直近の通行実績を地図上へ表示します。ホンダの走行実績を利用した通行実績情報も、インターナビ装着車から収集した走行軌跡データをもとに作成されています。

一台の車にとっては単なる移動記録でも、多数の車両から集めれば、被災地域での移動を支える情報になります。ドライバーが地図作成の仕事を受注しているわけではないため、これも厳密にはプローブ情報やクラウドセンシングの事例です。

この仕組みは、集めたデータの限界も示しています。「通れた道」は、ある時点で車両が通行した道であり、「現在も安全に通れる道」を保証するものではありません。その後の道路損壊、冠水、規制などによって状況は変わります。

多数のデータを集めるだけでなく、取得時刻、情報量、更新頻度、公的な規制情報との組合せ、位置情報の保護を考える必要があります。これはクラウドソーシングで成果物の品質を管理する場合にも共通する問題です。

人が意識して参加する共同制作

参加者が目的を理解し、自分の知識や判断を提供する仕組みもあります。

OpenStreetMap

OpenStreetMapは、世界中の参加者が道路、鉄道、店舗、施設などの情報を追加・更新して作る地図データです。参加者は航空写真、GPS機器、現地の知識などを使い、地域の情報を確認します。

OpenStreetMap公式「About」

運営企業だけですべての地域を調べるのではなく、各地にいる人の知識を集めて一つの地図へ統合します。災害時には被災地域の地図整備へ多くの人が参加することもあります。

Wikipedia

Wikipediaも、多数の参加者が記事を書き、修正し、出典を確認する共同制作の代表例です。参加者は報酬を受け取るためではなく、知識の共有や関心に基づいて参加します。

一人の回答をそのまま採用するのではなく、編集履歴、議論、出典確認、他の参加者による修正などを通じて内容を維持します。ここにも、分散した成果をどのように統合し、品質を保つかという設計があります。

市民科学

Zooniverseでは、一般の参加者が宇宙の画像、野生動物の映像、歴史資料などを分類し、研究を支援します。専門家だけでは処理しきれない大量の資料を、小さな課題へ分けて多くの人が確認します。

Zooniverse公式「About」

報酬を受け取る仕事ではなくても、課題を分割し、多数の判断を集め、研究成果へ変える点ではクラウドソーシングの代表的な形です。

reCAPTCHAが示したヒューマンコンピュテーション

かつてのreCAPTCHAは、Webサイトの利用者が人間であることを確認すると同時に、OCRでは正しく読み取れなかった文字の判読へ人の力を利用する仕組みとして知られました。

利用者の目的はWebサイトへ入ることであり、文書のデジタル化作業へ応募することではありません。それでも、一人ひとりの小さな入力を集めれば、大量の文字を確認できます。このように、コンピューターだけでは難しい問題へ人の判断を組み込む考え方は、ヒューマンコンピュテーションと呼ばれます。

なお、現在のreCAPTCHAは、主にリスク分析によってスパムや不正利用を判定するサービスです。reCAPTCHA v3では、必ずしも利用者へ画像問題を表示せず、リスクスコアを返す仕組みが使われています。

Google公式「What is reCAPTCHA?」

似ていても、すべてがクラウドソーシングではない

仕組み 人への依頼 集めるもの 近い呼び方
データ入力・アノテーション 明示的 作業結果・判断 クラウドソーシング
市民科学 明示的 分類・観察 市民参加型クラウドソーシング
OpenStreetMap 自発的な参加 地域の地図情報 共同制作・集合知
旧reCAPTCHA 別の操作へ組み込む 文字の判読結果 ヒューマンコンピュテーション
Googleマップの渋滞情報 明示的な作業依頼ではない 位置・経路・センサー情報 クラウドセンシング
通れた道マップ 明示的な作業依頼ではない 車両の走行実績 プローブ情報・クラウドセンシング

言葉を厳密に分けても、共通する原理があります。

一人分では価値が小さい知識、判断、行動、センサー情報を多数から集め、個人では作れない成果へ変えることです。

AIによってクラウドソーシングはどう変わったか

以前は、人が大量のデータを一件ずつ入力・分類する仕事が多くありました。現在は、OCRやAIが一次処理を担当できる範囲が広がっています。

しかし、人の仕事が完全になくなったわけではありません。

  • AIが処理できないデータを確認する
  • 信頼度の低い結果を修正する
  • 複数の回答が一致しない場合に判断する
  • AIを評価するための正解データを作る
  • 新しい種類のデータを収集する
  • 正解が曖昧な問題の判断基準を作る

人が全件を処理する形から、AIが一次処理し、人が難しい部分や例外を判断するHuman-in-the-loopへ移っています。クラウドソーシングで培われた、作業の分割、参加者への説明、回答の統合、品質管理という考え方は、この工程にも引き継がれています。

言葉が消えても、仕組みと経験は残っている

株式会社イングクラウドの業務でも、離れた場所にいる人へ作業を分け、結果を集め、品質を確認して一つの成果へまとめる仕組みを長く扱ってきました。

現在、当社サイトでは「クラウドソーシング」という言葉を前面には出していません。仕事の内容も、AIデータの収集やアノテーション、研究参加者の募集、リモートでの業務運用へ変化しています。

それでも、どのような単位なら作業を分担できるか、参加者へ何を説明するか、複数の結果をどう統合するか、必要な品質をどう確保するかという課題は変わりません。

クラウドソーシングは古くなって消えたというより、当たり前の仕組みとして、AI、研究、市民参加、地図、交通、BPOなど、別の言葉の中へ溶け込んだのかもしれません。

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