ELAN以外には何がある?音声アノテーションツールを用途別に比較した

日本語の対話音声を書き起こし、発話ごとに時間情報を付ける作業では、普段からELANを使っています。大学や研究機関からELAN形式を指定されることもあり、対話データのアノテーションではまず名前が挙がるツールです。

では、ELAN以外にはどのようなツールがあるのでしょうか。調べてみると、音声学で使われるPraat、会話分析向けのEXMARaLDA、大人数での作業に向くLabel Studioなど、それぞれ違う方向に強みがありました。

ELANから乗り換えるための比較ではありません。ELANを基準にしながら、音響分析、大人数での作業、コーパス管理など、別の要件が加わったときに何を選べるのかを整理しました。

2026年9月14日確認
機能、料金、利用条件、対応環境は変更されることがあります。導入時には、本文中に掲載した公式サイトの最新情報も確認してください。

4つの音声アノテーションツールを比較した

ツール 得意な作業 主なデータ形式 運用上の特徴
ELAN 複数話者の対話、発話区間、視線・身振り・笑いなどの多層アノテーション EAF、テキスト、タブ区切り、字幕形式など 研究用データとの相性がよい。複雑な階層を作れる一方、ファイル単位の作業管理は別途必要
Praat 音素境界、発音、ピッチ、フォルマントなどの音響分析 TextGrid、テキスト 波形やスペクトログラムを見ながら細かく分析できる。大人数の工程管理をするツールではない
Label Studio 文字起こし、話者区間、感情分類などを複数人で進める作業 JSON、JSON_MIN、CSV、TSVなど ブラウザで作業でき、案件に合わせて画面を組める。研究用形式への変換は設計が必要
EXMARaLDA 会話分析、談話分析、複数話者の転記、言語コーパス XML、CSV、ELAN、Praat、TEI、字幕形式など 話者ごとの発話を楽譜のように並べられる。コーパス管理や検索用の関連ツールもある

対話データのアノテーションで使っているELAN

ELANは、マックス・プランク心理言語学研究所で開発されている音声・映像アノテーションツールです。音声や映像の時間軸に沿って区間を作り、話者ごとの発話、笑い、相づち、視線、身振りなどを別々の層に記録できます。

対話音声では、話者Aと話者Bの発話が重なることがあります。さらに、発話の書き起こしだけでなく、フィラー、聞き取り困難箇所、笑いなどを残したいこともあります。ELANでは用途ごとにTierを分けられるため、このような情報を一つの時間軸上で扱えます。

作成したデータはXMLベースのEAFファイルとして保存されます。EAFは人がそのまま読む形式ではありませんが、時間情報、Tier、アノテーション同士の関係を保持できます。テキストやタブ区切り、字幕形式への書き出しもできるため、ELANを使っていない研究者へ渡す場合も、研究目的に合わせた形式を併せて用意できます。

ELANは無料で配布されており、Windows、macOS、Linux版があります。公式ダウンロードページでは、研究成果で利用した場合の引用方法も案内されています。

実務上は、一つのファイルを一人で担当する作業には使いやすい一方、ブラウザ上で作業を自動配布したり、管理者が全員の進捗を一覧したりする仕組みではありません。複数人で作業する場合は、ファイルの割り振り、命名規則、版管理、検品済みかどうかを別に管理する必要があります。

音素や発音を調べるならPraat

Praatは、音声学の研究で広く利用されている音声分析ソフトです。波形だけでなく、スペクトログラム、基本周波数、フォルマント、強度などを確認しながらアノテーションできます。

アノテーションはTextGridとして音声ファイルとは別に保存されます。単語や音素のように開始・終了時刻を持つIntervalTierと、特定の時点へ印を付けるTextTierを作れます。

発音の違い、母音、子音、イントネーションなどを細かく見るなら、ELANよりPraatの方が必要な情報を一つの画面で確認できます。一方、複数話者の会話に多数の注釈層を重ねたり、映像上の身振りまで扱ったりする用途では、ELANの方が整理しやすそうです。

Praatは無料のオープンソースソフトウェアで、GNU General Public Licenseのもとで公開されています。ソフトを使って商用案件のデータを作成することもできますが、Praatそのものを改変して配布する場合はライセンス条件の確認が必要です。

作業者への配布を考えるならLabel Studio

Label Studioは、画像、音声、動画、テキストなどを扱えるアノテーションツールです。音声では、波形を見ながら区間を指定し、文字起こしや話者ラベルを付けられます。公式には音声文字起こし話者区間のテンプレートが用意されています。

ELANやPraatとの大きな違いは、ブラウザで使う作業基盤として構築できることです。作業者は自分の担当データを開いてアノテーションし、管理者はプロジェクト単位でデータをまとめられます。多数の作業者へ同じ画面を使ってもらう案件では、この形の方が運用しやすい場合があります。

Community Editionは無料で、Apache License 2.0の条件に従って商用案件にも利用できます。有料版には、より本格的なチーム管理やセキュリティ機能があります。

ただし、標準の出力はJSONが中心です。発話区間、話者、転記文字のような基本情報は取り出せますが、納品先がEAFやTextGridを求めている場合は変換処理が必要です。複雑なTierの親子関係まで必要なら、初めからELANで作業した方が安全な場合もあります。

会話分析とコーパス管理ならEXMARaLDA

EXMARaLDA Partitur Editorは、音声や映像に同期した転記とアノテーションを行うツールです。複数話者の発話を楽譜のように上下へ並べて表示でき、会話分析や談話分析で使われる転記規則にも対応しています。

Partitur Editorだけでなく、コーパスのメタデータを管理するCorpus Manager、転記や注釈を検索するEXAKTなども用意されています。単独の音声ファイルを処理するだけでなく、複数の収録データを一つの言語コーパスとして管理したい場合に向いています。

ELAN、Praat、Transcriberとのデータ交換に対応し、ISO/TEI、CSV、VTT、SRTなどへの出力も案内されています。2026年版も公開されており、現在も更新が続いています。ツールは無料のオープンソースとして利用でき、開発支援を受けるための有料サポートライセンスも用意されています。

料金・商用利用・データの渡しやすさ

ツール 料金・利用条件 他の環境への受け渡し 確認しておきたい点
ELAN 無料。利用規約への同意と、研究成果で利用した場合の引用方法が案内されている EAFに加えて、テキスト、タブ区切り、字幕形式などを用意できる 複雑なTier構造をCSVへ変換すると、関係性が失われる場合がある
Praat 無料。GPLで公開されており、条件を守れば商用利用できる TextGridはテキスト形式で、変換用のライブラリやスクリプトも利用しやすい 音声ファイルとTextGridの対応、時間単位、Tier定義を一緒に渡す
Label Studio Community Editionは無料。Apache License 2.0で、条件を守れば商用利用できる。有料版もある JSON、CSV、TSVなどへ出力できる。EAFやTextGridへは変換が必要 案件独自の画面を作るほど、出力仕様も先に決める必要がある
EXMARaLDA 無料のオープンソース。有料のサポートライセンスもある XMLを中心に、ELAN、Praat、ISO/TEI、CSV、字幕形式などと交換できる 独自のTier構造や転記規則を使う場合は、納品先との確認が必要

どのツールで作っても、音声ファイルとアノテーションファイルを渡すだけでは、別の研究者がすぐ使えるとは限りません。話者ID、時間の単位、区間の切り方、重複発話、フィラー、聞き取り困難箇所などの定義も必要です。

ツールを決める前に納品形式を確認し、少量のデータを実際に書き出して、研究者側の環境で開けるか試す方が安全です。変換できることと、必要な情報が欠けずに変換できることは同じではありません。

公開データを見ると形式の違いが分かりやすい

作成ツールや形式を確認できる公開データも見ました。例えば、株式会社イングクラウドが公開している日本語テーマ型雑談コーパスには、約121分の対話音声と、人手で作成した10件のELANファイルが含まれています。

Praatの例では、Hugging Faceで公開されているAction Gameplay Social Communication Corpusに、発話区間と転記、叫び、笑いなどを記録したTextGridが収録されています。

EXMARaLDAは、ハンブルク大学のINELプロジェクトで、消滅危機言語のコーパス構築に利用されています。20を超える注釈層を持つデータもあり、EXMARaLDA形式だけでなくISO/TEIやELAN形式でも公開されています。

Label Studioにも音声データの公開例はありますが、JSONを変換してCSVや学習用データだけを公開すると、元の作成ツールが分からなくなることがあります。公開データの数だけでツールの普及度を比べるより、研究分野で使われる納品形式と、実際の作業体制の両方を見る方が選びやすそうです。

ELANを軸に、用途によって使い分ける

  • 複数話者の対話や映像を扱う:ELAN
  • 音素、発音、ピッチなどを詳しく調べる:Praat
  • 多数の作業者へブラウザで作業を配る:Label Studio
  • 会話分析や大きな言語コーパスを管理する:EXMARaLDA

株式会社イングクラウドでは、複数話者の日本語対話を書き起こし、発話単位で時間情報を付ける案件が多いため、ELANを中心に使っています。フィラーや言いよどみ、発話の重なりを残しながら、研究者が扱えるEAF形式で納品できることが理由です。この用途ではELANの代わりを探す必要を、今のところあまり感じていません。

ただし、案件によってはPraatのTextGridが指定されることもあれば、作業人数を増やすためにLabel StudioのようなWeb環境を使った方がよい場合もあります。ツールを先に決めるのではなく、研究で必要な情報、最終的な納品形式、作業人数を確認してから選ぶことにしています。

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株式会社イングクラウドでは、研究参加者や話者の募集、日本語の音声・対話収録、発話忠実な書き起こし、時間情報の付与、ELANアノテーション、検品まで対応しています。仕様が固まっていない場合も、少量の試作を行い、研究者に確認いただきながら作業基準と納品形式を整理できます。

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