同じ100文を読むのに、収録時間が最も短い話者は10.11分、最も長い話者は18.24分。JVSコーパスの原論文が報告した差は約1.8倍です。この時間には無音部分も含まれるため、数字だけで「声の個性」を説明することはできません。それでも、読む文章と発話数をそろえれば、文章の長さの違いに隠されずに話者ごとの違いを観察できます。

JVSコーパスが用意したのは、一種類の読み上げ音声だけではありません。全員が読む100文、話者ごとに異なる30文、そして同じ人が通常声とささやき声・裏声で読む対応文があります。知りたい違いに合わせ、話者、文章、発声方法のどれをそろえ、どれを変えるか。その組み合わせに収録設計の特徴があります。

同じ100文でも、読む時間は10.11分から18.24分

最短だったのはjvs020、最長だったのはjvs084です。両者とも通常声で共通の100文を読んでいます。したがって、この二つの時間を比べるとき、「長い文章を担当したから時間がかかった」という説明は当てはまりません。一方で、差のすべてを純粋な話速の差とみなすこともできません。論文の集計には無音部分が含まれ、間の取り方なども時間に影響します。

ここで重要なのは、約1.8倍という数字を声の評価値にすることではなく、文章を固定すると話者間の音声を同じ発話内容で見比べられることです。声の高さ、声質、抑揚などを調べる場合にも、発話内容が異なる音声同士を比べるより、文章という条件を一つそろえられます。JVSの論文は、声の個性がこれらのどれか一要素に存在すると結論づけたものではありません。

話者の違いを比べるため、文章を同じにする

著者の公式ページによると、収録対象は声優・俳優などのプロ話者です。原論文では、日本語母語の100人で、男性49人、女性51人と報告されています。全員が通常声で読む共通100文を設けたことで、文章をそろえたまま話者を入れ替えて比較できるようにしました。

この100文は、先行するJSUTコーパスの「voiceactress100」に由来します。音素、つまり音声を構成する音の種類のバランスを考慮した文章です。同じ文章を全員に割り当てた点が話者間比較の要であり、単に各人から100発話ずつ集めたという意味ではありません。

収録はスタジオで行い、各話者の録音を一日以内に終え、プロの音響ディレクターが管理しました。話者間で収録の進め方をそろえるための条件として確認できます。ただし、公開論文から機材やマイクとの距離まで全員同一だったとはいえません。比較の際には、文章を固定したことと、録音環境の細部まで同一だったことを区別する必要があります。

文章を変えた30文も別に収録する

共通文だけで作ったデータでは、話者ごとに読む内容が違う場面を扱えません。そこでJVSは、各話者に通常声の30文を追加しました。この「nonpara30」は、JSUTのvoiceactress100以外から文章を選び、話者ごとに異なる文を割り当てた区分です。共通100文と違い、この30文の組に音素バランスは保証されていません。

ここでは通常声で読むことと一人30文という数はそろえ、文章を変えています。その結果、共通文ではない音声も得られますが、異なる話者のnonpara30をそのまま比べた差には、話者だけでなく文章の違いも含まれます。文章を固定した話者間比較には共通100文を使い、文章が一致しない条件は別に持つ。この二つを混ぜない構成です。

区分 発声方法 一人当たり 話者間で共通する文章 同じ話者の通常声との対応
parallel100 通常声 100文 100文すべて 比較の基準となる通常声
nonpara30 通常声 30文 なし 特殊発声の一部と対応する通常声
whisper10 ささやき声 10文 最初の5文 10文すべてに対応する通常声がある
falsetto10 裏声 10文 最初の5文 10文すべてに対応する通常声がある

同じ人が同じ文を、通常声・ささやき声・裏声で読む

発声方法の違いを調べるには、別の人の通常声とささやき声を比べても、話者差が混ざります。JVSでは同じ話者が、通常声で読んだ文章の一部をささやき声でも読みます。一人当たり10文のうち、最初の5文は全話者に共通する100文から、残りの5文はその話者だけの30文から取っています。通常声との10組の比較では、話者と文章を固定して発声方法を変えられます。

裏声の10文も同じ考え方です。最初の5文は共通100文から、残りの5文はその話者の30文から取り、通常声との対応を作りました。ただし後半の5文は、ささやき声の後半とは異なる文章です。したがって、同じ話者について通常声と裏声は10文、ささやき声と裏声は共通の5文で対応します。どの発声方法同士を比べるかによって、使える文章の組数が変わります。

共通100文の一部を特殊発声にも使ったため、その5文では話者間に共通する文章という条件も保たれます。一方、話者別の文章に対応させた後半5文は、同じ話者内での発声方法の比較に向いています。四つの区分は発話数を増やすために並べられたのではなく、異なる比較の組を作っています。

収録した音声へ、別の評価者による話者類似度を加える

文章や発声方法の割り当てだけでは、「二人の声が人にはどれほど似て聞こえるか」という正解は決まりません。JVSでは、収録した100人とは別に評価者を募り、同性の話者ペアについて知覚的な類似度を採点してもらいました。尺度は「まったく異なる」の−3から「非常に似ている」の+3まで。各ペアを異なる10人が評価し、その平均をペアの値としています。参加した評価者は合計1,000人です。

この値は、F0など一つの音響特徴から自動的に決めた話者ラベルではありません。人が聞いて判断した近さを、音声とは別の情報として付けたものです。原論文は話者ごとの収録時間と、この知覚的な類似度を報告していますが、時間差が類似度を決めたとは示していません。

付属情報も、作り方によって意味が異なります。通常声のF0範囲は話者ごとに人手で注釈しました。一方、モノフォンラベルとフルコンテキストラベルはOpen JTalk、音素アライメントはJuliusによる自動処理です。人が聞いて判断した類似度と、自動処理で得た情報を同じ種類の「正解」として扱うことはできません。

何を比べたいかによって、そろえる条件が変わる

JVSの設計から類似の音声データ制作に引き出せる判断は明確です。話者による違いを見たいなら、まず全員が読む文章を用意する。文章が異なる場面も対象にするなら、その発話は共通文とは分けて収録する。発声方法を比べたいなら、同じ話者に同じ文を別の方法で読んでもらい、どの文同士が対応するかを記録する必要があります。

原論文の設計は一人150発話、100人で15,000発話です。報告された収録時間は、共通100文が22時間、話者別30文が4.4時間、ささやき声と裏声が各2.0時間でした。ただし、比較を成立させるには予定数だけでなく、実際に利用できる音声、読み上げ文、付属情報の対応を確かめる必要があります。

声の違いを比べるには、人数を集めるだけでは足りません。JVSは、文章をそろえて話者を変え、話者と文章をそろえて発声方法を変えることで、調べたい違いに対応する音声の組を作りました。

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